30年の経験を次世代へ。東レ東海工場から考える製造現場の未来
東レで働く一人ひとりに、これまでの歩み、仕事との向き合い方、大切にしている価値観を掘り下げながら、"仕事観"について探っていく連載「わたしの仕事観」。
第8回目に登場するのは、1993年に入社し、東レ東海工場で勤続31年目(2024年12月時点)の河瀬優太。所属するケミカル製造部 第1合成課でナイロン6の原料となるカプロラクタムの製造に携わっています。国内では次々と撤退が進むカプロラクタムの製造。東レは日本における数少ない製造拠点として、その灯を守り続けています。
危険物や高圧ガス設備を扱う化学プラントで、安全・環境面に細心の注意を払いながら品質の安定化に努める一方で、河瀬は新たな挑戦に取り組んでいます。特に注目されるのが、化学工場では前例の少ないドローンの本格活用。法規制や技術動向の調査から、画像解析メーカーとの協業まで、着実に実績を積み重ねてきました。その取り組みは、社内の他工場からも注目を集める革新的な事例となっています。
「製造があってこその東レなんだ。だからプライドを持て」
―河瀬さんが東レに入社したきっかけは何でしたか?
河瀬:学校から求人を勧められたから、というのが理由ですね。高校生の時、地元の川の水質汚染が気になっていて、高校の卒業論文として水質調査のレポートを書いたんです。そこから興味が湧いて環境関係の大学に進学したいと考えたのですが…滑ってしまって。
職人への興味もあったので、そっちの道も考えていたところ、高校の先生から「一度はサラリーマンをやってみたら」と東レの求人を紹介されました。ただ、入社してすぐは仕事に慣れず、3ヶ月ほどで辞めようと考えていました。
―3ヶ月で辞めようとした理由は何だったのでしょうか?
河瀬:当時は働く目的が何もなかったんです。ちゃんと自分の目標やビジョンがあればベターな選択ができるはずなんですが、その選択肢を考えるための目標すらなかった。私はもともと自分に甘い人間ですからね。「このままでいいのか」といった焦りも無く…。
そんな時、職場の先輩が「辞めるなよ」と引き留めてくれて。その後も、同期入社組や東レ専修学校の同期など、たくさんの人に相談に乗ってもらい、たくさんの愚痴も聞いてもらいました。東レで30年間働いてこられたのは、みなさんの支えがあったからこそだと思いますね。
―その後、働き方に変化が起きたポイントは何だったと思いますか?
河瀬:正直なところしばらくは目的もなく、ただ決められた時間、決められた仕事をこなすだけでした。3交代制で、朝勤、昼勤、夜勤をこなす。「これでいいのかな」という思いが常にありました。
そんな時、転機となったのが入社から5年目の東レ専修学校への入学です。そこでの元東レ社員の故・松田准一先生との出会いは大きかったですね。「製造があってこその東レなんだ。だから誇りとプライドを持て」という言葉に、製造現場で働く誇りを教えられました。
松田先生からは時間の使い方についても学びました。「失敗なんて、長い仕事人生で考えれば、たった一点でしかないから気にするな」とか「一日の3分の1を仕事に費やすのだから、その時間をどう活かすかをしっかり考えないと、いずれ『自分は何をやってきたんだ』と後悔することになる」とか。
それからは「いろんなスキルを身につけよう」と考えが変わりました。社内にいる大卒や院卒の方々と接する中で、次元の違う視点や考え方に触れることができ、学びの大切さを実感しました。今でも、勉強に終わりはないと思っています。
最短で物事を進めるために「河瀬を使ってほしい」
―現在はどのような業務を担当されていますか?
河瀬:所属している第1合成課では、東レ独自の光反応技術を用いてナイロン6の原料であるカプロラクタムを製造しています。日々の運転管理、トラブル対応、品質確認、原価改善といった観点から安定した品質で製造できるよう業務にあたっています。また、東レ東海工場の共通設備である活性汚泥モデル(Activated Sludge Model、ASM)や排水処理設備の運転、工場の原料荷役も担当しています。
昨年の2月から技術グループに移り、仕事の視点が大きく変わりました。以前は生産掛長として、安全・防災・環境に配慮しつつプラントの安定運転を念頭に製造を見ていましたが、今は原料、用役、運転コストといった動きを定量的に管理し、プラントの運転状態を最適化する業務を担っています。
製造現場から一歩引いた管理業務の立場だからこそ見えてくるポイントがあり、例えば、DXツールの活用について、さまざまな情報を仕入れては現場に提案しています。他部署や他工場で取り組んでいる良いネタについて、自部署での応用を検討するのも役割だと捉えています。
―長年の経験を活かした独自の役割があるということですね。
河瀬:社内から面白い提案や良いアイデアがあっても、社内のさまざまな申請や規則によりすぐには動き出せないことも多いです。それがルールとして良い場合もあれば、足かせとなる場合もある。
そういう時に、私は「河瀬を使ってくれ」と思っています。使っても役に立たないことも多々ありますが、関係部署に根回しをしたり、やりたいことができる環境をなるべく整える。同じ現場で長く働いている意味は、そういうところにも発揮されるのかなと。たとえば、システマチックに発案書を回すだけではなく、事前に「こういう理由で進めたい」と説明して回る。遠回りになりそうな物事を、いかに最短で進められるようにするか。それも私の役割の一つだと考えています。
―そういった役割を引き受ける背景には、どんな思いがあるのでしょうか?
河瀬:以前は私も誰に言えば良いのかわからず、今振り返ってみると、もっと早く事が進められたのではないかな?と思うことがあります。最近はコミュニケーションツールの進化により非対面での会議もやりやすくなりました。その反面、なかなか人となりを計り知ることもできないので、誰に相談すればいいのか迷う人も多いと思います。そういう時は、しかるべき担当者に取り次ぎ、あとは彼らが得意分野を活かしてお互いに信頼関係を築いて自発的に動いてくれる。私はそのちょっとした橋渡しができればと考えています。
現在、世界の競合他社と競争する中で、我々の部署の事業環境は非常に厳しい状況にあります。そんな厳しい状況の中でも、安心して仕事ができている。だからこそ、少しでも改善につながる時間を創出するため、人でなくてもできる作業は機械に任せ、将来に向けた成果を出すことを心掛けるようになりました。
また、社外でいろいろなメーカーの方や中小企業の社長さんなどと話をすることも非常に参考になっています。特に中小企業はスピード感が全然違う。赤字を出さない工夫や費用対効果の検証はした上で、「これだ!」と思ったら迅速な意思決定をしており、そのための説得力や、推進力、人を引き付ける力などは非常に勉強になります。
東レ全体での予算削減にもつながる、ドローン活用事例
―東レ社内ではドローン活用の事例を作られたことでも評価されていますね。
河瀬:きっかけは硫安(農業用肥料)の在庫測量でした。農業用肥料として輸出されるこの製品は、出荷されるまで数千トンもの量が保管されています。これまではそれを年3回、1回数十万円かけて、東レの社員1人と測量士3人で7.5時間もかけて測っていたんです。
ある時、「建築業でドローンを使っているらしい。東レでも在庫測量に試せないか?」という話が出ました。実際に製品を保管している場所でテスト飛行してみたら、思った以上に画像が鮮明だったんですよ。そこで本格的にドローンの活用を進めることにしました。
―ドローンを活用するとどんなメリットがあるのですか?
河瀬:まずは、製品の在庫測量が簡易になることがわかりました。工数も費用も削減できることは大きいです。さらに日々の監視業務も変わりますね。同じ工場内でも距離があるので、毎日目視で確認に行くのは思った以上に大変な業務です。それがドローンの鮮明な画像でできるようになった。
この在庫測量でのテスト飛行の成功から、ドローンの活用は工場全体の監視管理業務にも広がろうとしています。例えば、現場に固定カメラを1台設置すると、付属する配線の延長なども含めてざっくり数十万円の費用がかかります。それを100台なら数千万円かかることになります。しかもカメラは壊れることもある。それに比べて、今使っているドローンなら1台で広範囲を飛行して撮影もでき、約40万円で済む。効率的だし、コストパフォーマンスも良い。
最近では、ドローンと画像解析を組み合わせた取り組みにトライしています。例えば、水たまりの検知。人間が見ればすぐにわかることですが、工場は1.2kmもの広さがあって、トラブルがあってもすぐに気付けない。過去には漏洩トラブルによって大変な思いもしました。だから、担当者が目視で確認しなければならないものとそうではないものを、ドローン画像を解析してAIに判断させる。大量の漏れを早期に検知して、早く処置する。そういう仕組みづくりを進めています。
実は、自分たちでは画像解析の実装までは難しいかなと思っていたのですが、昨年入社したキャリア採用の社員の中に、なんと学生時代にロボコンで活躍した人や、システム構築などの経験者がいたんです。プラントの教育を彼らにしている時に、何気なく画像解析について聞いてみたら「やります!」と。あっという間に実装してくれました。
―そういった取り組みの影響は東レ内に広がっているんですか?
河瀬:はい。実証実験をしたことで千葉工場、石川工場、名古屋事業場から問い合わせが来ました。みんな考えていることは同じでも、規制を乗り越えるのに苦労しています。だから、私たちが作った運用ルールは、惜しみなく他工場に展開しました。一からルールを作ると延べ数十日かかる作業がこれで短縮できた。こういった動きを続ければ、東レ全体での工数削減、費用削減、早期具現化といったスピード感にもつながっていくと考えています。
「人の手」と「機械化」の必要性を見誤らないこと
―新しい技術の導入にも積極的ですが、製造現場の未来についてどうお考えですか?
河瀬:かつて日本でカプロラクタムを製造していた企業はほとんど撤退してしまいました。国産カプロラクタムが無くなってしまったら、全て海外からの輸入に頼ることになる。輸入頼みになって原料価格が高騰すれば東レの事業自体も成り立たない。製造業の衰退に拍車をかける結果になってしまうはずです。
単に供給だけの問題ではありません。化学プラントを動かす人材もいなくなり、ノウハウの継承も途絶えてしまう。かつては日本がSV(スーパーバイザー)として海外へ技術指導をしていたのに、今度は海外にその座を譲らざるを得ない…それでは悔しいですよね。
自分が橋渡しの役割を担うのは、東レの仲間には、日本のオペレーターとしてどこで働いても恥ずかしくないような、優れた人間になってもらいたいという考えが強いからともいえますね。時代遅れと言われればそうかもしれませんが…後進育成についてはよく考えます。
「人材が10年かからないと一人前にならない」と言っているうちは、弱いままだと思うんです。これが「1年でできる」「性差もなく、高齢者でも働ける」となれば、日本の製造業はもっと強くなれる。もちろん製造に関する原理原則の理解は必要です。でも、適材適所で機械化をしながら誰でも作れる状況まで持っていきたいですね。そういう未来を見据えながら、今の現場をより良くしていきたいと考えています。
人の考えが「変わるきっかけ」を与え続けることが重要
―ここからは、一緒に働く梅村さんにもお話を伺います。梅村さんは同期で、30年近く河瀬さんと働いているとのことですが、近くで見ていて感じる河瀬さんの変化はありますか?
梅村:ありますね。以前は指示や伝達が中心でしたが、今は周りの意見をよく聞いて、課員に自由にやらせるスタンスに変わってきたように思います。いつも河瀬のコミュニケーション能力の高さには驚かされていますよ。課の雰囲気づくりが本当に上手です。
しかも、それは私たちの課に限らず、工場全体に及んでいる。例えば、効率化のための新しいツールがあれば、自分たちだけでなく「みんなで使ってみませんか?」と課全体に展開してくれる。自分のことだけでなく周りのことも考えて、会社のために動いている人は同期の中でも珍しい存在だと感じます。
私も3年ほど前から業務内容が変わり、交代勤務の運転掛から日勤の管理業務に就くようになりました。正直、不安なことやわからないことだらけ。その時に河瀬が近くにいてくれると本当に助かります。少し甘えている部分もあるかもしれませんが、嫌な顔一つせず相談に乗ってくれますね。
河瀬:まあまあ、お互い様ですよ。今、同期でここまで助け合える関係って珍しいと思います。そういう意味では、恵まれていますね。
―工場全体の雰囲気は変わってきましたか?
河瀬:どうかな?(笑)。正直に言えば、人の考え方なんてそう簡単には変わらないでしょう。ただ、変わるきっかけを与え続けることは重要だと思います。集まる場を作ったり、顔を売ったり。それしかできません。私自身、人に変えられたわけではなく、自分で考え方を変えただけですから。
梅村:私の場合は、立場が変わったことで、必然的に変わらざるを得なかった部分もあります。みんなの意見をどう聞いて、どうまとめていくか。できるだけ楽しく、でもメリハリをつけて仕事を進めるにはどうすればいいのか。まだ試行錯誤の段階です。
ただ、私が苦労しているのを感じ取ってくれていて、協力してくれる人も多い。上司の考え方が変われば、周りも少しずつ変わってくる。そういう変化は確かにあると感じています。
河瀬:確かにね。私も今は「人の強みを引き出すこと」を意識しているんですよ。以前の私は「それはダメだ」「こうすべきだ」とゴチャゴチャ言っていましたが、今は違います。本人が納得してやっているなら、それでいいじゃないかと。
特に意識しているのが「承認」です。部下からの提案があった場合に、費用対効果や費やす時間、具現化するまでのさまざまなハードルなどを私たちが勝手に判断して頭ごなしに「違う」と否定してしまうと、部下のやる気も失せてしまう。だから以前のように「具現化の可能性が小さいから」「費用対効果が少ないから」で片付けるのではなく、提案一つにしても、もう少し時間をかけて向き合うようにしています。
いつも自分自身に問い掛けている、5つのこと
―入社30年を超え、多くの後輩もいる一方で、まだ先輩もいらっしゃる。ご自身としては、挑戦者の立場なのか、育成者の立場なのか、どのように感じていますか?
河瀬:両方ですね。むしろ教わることの方が多いかもしれません。私たちはスマホ世代ではないので、デジタルスキルという意味では、若い世代の方が断然高い。そこは学ばないといけない。人との関わり方や考え方についても、まだまだ足りないと感じています。
教えるというより、「興味があることをやってみたらいいじゃないか」と背中を押す。その興味を具現化するために、私の経験を使ってくれたらいい。それくらいの気持ちです。
いちいち「それはダメだ」と言って時間を使うより、やりたいことをどうやったら早く実現できるか、その方法を一緒に考える。
特にデジタル化に関しては、セキュリティの問題や全社的な許可申請など、さまざまな手続きが必要です。ドローンの法人登録一つとっても結構な手間がかかる。でも、そういう経験も一つひとつが学びになっています。
その点では、まだまだ私自身もやっぱり挑戦者ですよね。振り返ってみると、ここまでいろいろな方にお世話になってきましたが、最初に話したように私は本来自分に甘い人間です。だからこそ、繰り返し自分自身に問い掛けている5つのことがあります。
他責していないか?
素直であるか?
感謝しているか?
人と関わっているか?
昨日より成長したか?
自分を見失わないように、これらを今後も日々意識していこうと思っています。