生き生きとした雰囲気を工場全体に広げたい。現場主導で進む改善は、工場への愛着が原動力
東レで働く一人ひとりに、これまでの歩み、仕事との向き合い方、大切にしている価値観を掘り下げながら、“仕事観”について探っていく連載「わたしの仕事観」。
第7回目は、入社16年目、東レ愛知工場 製糸課 生産技術グループにて、衣料用ナイロン糸の生産現場で品質・操業改善業務などを務めながら、工場内の改善や展示スペースの制作といった活動にも携わる冨田一輝に話を聞きました。
生産現場の安全活動3S/5S活動*をベースに、スマートファクトリー化で利益を生む「誰もが働きたい工場」を目指すなかで、従業員間の温度差があることを感じていた冨田。主業務だけでないさまざまな活動で、さらなる一体感が芽生えるように働きかける彼の仕事観に注目しました。
来た仕事は断らない。常に考えるのは「工場のために何ができるか」
―まずは、東レ愛知工場で働き始めたきっかけを教えてください。
冨田:高校生の頃、「世界ウルルン滞在記」というテレビ番組のスポンサーが東レだったので、名前を覚えていたんです。高校3年生で進路を考えたとき、求人票の「東レ愛知工場」が目に留まりました。住んでいる場所から近かったことと、担任の先生から「歴史ある繊維工場で卒業生も活躍している」と聞いたのも選んだ理由です。
学生時代に古着屋でアルバイトをしていた経験も大きく影響しています。ヴィンテージものが好きで、20年や30年経った服でも破れることのない良質な素材に興味を持ちました。「ナイロンやポリエステルはどうやって作られているんだろう」「こんなに長持ちする素材はすごい」と考えるようになりました。服の素材について深く知りたいと思ったのもきっかけで、高校卒業後に東レに入社しました。
―どういった業務を担当していますか。
冨田:主な業務は、ナイロン糸の品質・操業改善、ユーザークレーム対応、試作対応、DX推進などです。具体的には生産品種の糸切れ、欠点(製品に異常が見られたもの)の発生トレンドをチェック、トラブルシューティングを行い、製造工程のデータからトラブルの頻度や原因を分析して工程安定化を図るといった業務内容がメインとなります。
DX推進の一環としては、分析ツールの「Microsoft Power BI」を使って、作業者のスキル分析を行っています。交代勤務者がいる環境で、特定の作業に対する全作業者のパフォーマンスを分析し、「上手な人」と「そうでない人」の差を見ています。そして、上手な人の作業を動画に撮影し、それを教育や人材育成に活用しようと考えているんです。
これには喫緊の理由があります。東レ愛知工場には40~50代が多いのですが、数年後にはこの年齢層の多くが退職する年齢になります。私は34歳ですが、20代や30代の従業員からすれば彼らベテランの技術が一気に失われる危険性がある。そこで、経験に基づくノウハウ、勘所を言語化して形に残す「暗黙知の形式知化」を重点的に行い、例えばベテラン層の目線で作業している様子を動画にして、VRゴーグルを活用した「見える作業標準書」のようなものを作成しています。
他にも、東レの社内ポータルサイト「TORAYNAVI」での製糸課に関する投稿担当、イベントや美化活動などの動画制作、ISO14001担当、労働組合の支区長なども担っています。多くの仕事を持っているのは、僕自身が飽き性なのも理由の1つですが、一番は「工場全体を見たい」からですね。
異動の機会が少ないこともあり、自分のいる環境でもさまざまな仕事に挑戦することで工場のことを幅広く知り、将来的には生産掛長になって製糸課を担う存在になりたいです。そのため、来た仕事は基本的に断らずに受けるようにしています。
―働き方に影響を受けた人はいますか?
冨田:来た仕事を断らない、という話からつなげると、芸術家の岡本太郎です。彼は「危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。本当はそっちに進みたいんだ。危険だから生きる意味があるんだ。」という言葉を残しています。
僕は「失敗するだけ人間の深みが出る」と捉えて、失敗を前向きに取り入れる指針にしています。内心では気乗りしない仕事も当然ありますが、それもやってみなければわからない。トライすることで「こんなことも僕はやれるのか」と思えたら、知識や能力は上がっていくはずです。
―東レ社内ではどうでしょうか?
冨田:たくさんの方に学んできましたが、大きく2人挙げるとすると、まずは1年間を過ごした東レ専修学校*で出会った、元東レ社員の鶴見徹先生からは大きな影響を受けました。当時65歳くらいでしたが、知識が豊富で、エネルギーの塊のような人です。
仕事に対する前向きな姿勢や、「何歳でも勉強は無限にできる」という貪欲さに感化されました。当時の自分を振り返れば「言われた仕事をする」という意識でしたが、鶴見先生は「謙虚になるな。謙虚という美名を使って言い訳するな」と教えてくれました。「自分のやりたいことをしっかり伝えた上でやりきる」という学びは今にもつながっています。
それから、2021年に德永裕二さん(※現在は石川工場の繊維製造部長)が製糸課長として赴任されてきたことも大きな転機です。2022年から3S/5S活動が活発になり、従業員の意識も変わってきました。DXが推進され、「スマートファクトリー化」や「儲かる、儲ける、誰もが働きたい工場にしよう」という方針が打ち出されました。
德永さんからは「好きなようにやれ」と背中を押してもらいましたね。鶴見先生と同じくエネルギッシュな方で、謙虚さよりも前向きな姿勢を重視していた点も似ています。
僕自身は、休日は美術館へ行ったり、アパレルが好きだったりといった自分なりの感性を自覚していたので、それらを強みと捉えて、従来と異なるアプローチから職場の改善を試みてきました。德永さんが設けた自由な環境でさまざまなアイデアを具現化できたので、今後もその精神を継続し、他の人にも伝えていきたいです。
他の工場には、まだないであろうものを作る
―具体化したアイデアから特徴的なものを教えてください。どういった改善をしたのですか?
冨田:製糸課教室に「製品展示スペース」を設けました。愛知工場製糸課で生産している品種は200〜300種類ほどありますが、担当外の品種で使われている製品も理解を深めたいと思ったんです。そこで、営業部署にコンタクトを取り、さまざまな製品の情報や見本を集め、勉強も兼ねて展示しました。この取り組みは後輩にも引き継がれ、彼らの学習にも役立っています。
ただ、展示スペースなんて作った経験がなかったので、休日に大型のショッピングセンターへ行って、店員さんに直接教わったこともあります。「この台って、どこで売っていますか?」みたいに(笑)。上手な製品レイアウトや観葉植物の使い方を見たら、写真を撮らせてもらって参考にしたり。そこに自分のやりたいアイデアも加えて、形にしてきました。
例えば、製品のスタンド表示を自作したのですが、生産現場の人間が分かるように、糸の品種だけでなく「生産したマシン」や「製品の特徴」を載せています。また、QRコードで直接製品サイトにアクセスできるようにもしています。そういう細かな工夫で、より目に止めてもらえるのではないかと思ったからです。
―このスペースができたことで、職場内で変化はありましたか?
冨田:製品を実際に試着、触ってみることで、改善のアイデアが生まれることもあります。タイツならストレッチ性を向上させたり、アウトドア用の服なら薄くて丈夫な素材を使ったりなど、使用感や着心地の改善につながる発見があります。これらの気づきは、営業部署や工場の従業員とのコミュニケーションにも活かされています。
あとは、製品展示を通じて、家族や友人に自分の仕事を説明しやすくなりましたし、工場での仕事に対する愛着が深まるきっかけの1つになれたらいいな、とも思っています。製品を実際に見ると「すごいものを作っているんだ」という実感も湧きます。自分たちの仕事の価値がより明確になり、他の工場からも評価されていると分かると、やりがいを感じますね。
―動画を活用したアイデアもあると聞きました。
冨田:そうですね。2023年度は東レ愛知工場に約400人の見学者が訪れています。以前は工程図を壁に貼り付けて説明していましたが、やりにくさを感じていました。そこで、動画が使えるのではないか、と。東レ公式YouTubeにあるウルトラスエードの紹介動画「Beautiful Possibilities of Ultrasuede®」を見て、短い動画ですが製品化までの一連の流れがとても分かりやすく、特に冒頭の部分は、愛知工場でも同様の設備を使っていますが、撮影の仕方で格好良くなるんだなと感化されて、「自分も作ってみたい」と思い挑戦しました。
ただ、動画制作は大変な作業で、3ヶ月ほどかかりました…。先輩をはじめ、ITに強い同僚や上司のサポートも大きな助けになりました。要所に手伝ってくれる仲間の存在がいる経験を通じて、自分も後輩が悩んでいたら全力でサポートしたいという気持ちが芽生えましたね。人を見る目も養われ、現在の生産業務にも活かされていると感じます。
動画を作るだけでなく、上司の理解と協力のもとに実現したのが、廃材置き場を動画視聴スペースへリニューアルしたこと。大人数で同時に視聴でき、見学者にも「動画視聴後に現場を見学するので理解しやすい」と好評です。目に見える形で評価されることで大きな達成感を得られました。
意識しているのは「他の工場には、まだないであろうものを作る」ことです。そういったアイデアを実現するとインパクトがありますし、他工場も真似してくれるなど良い影響を与えられれば嬉しいですね。
―ここからは、動画制作でも一緒に動かれた山本さん、秦さんに加わっていただきます。先輩お二人の目からみて、冨田さんの成長ぶりはどうでしょうか。
山本:私は生産掛長を務めています。冨田さんとは同じグループではありませんが、現場でも密接にやり取りする機会もあります。ここ2〜3年での彼の成長は凄まじく、考えがガラッと変わったと感じています。特に印象的なのは、工場への愛着です。「東レ愛知工場を良くしたい」という強い思いを常に持って考えてくれています。
最初はほとんど喋らないタイプだったんですが(笑)、今では自発的にどんどんアイデアを出してくれます。「こんなものを導入したい」とか「こんなことをやりたい」とか、積極的に提案してくれる。工場や職場が好きなんだろうなぁ、と強く感じます。
秦:そうですね。入社した時から先見の明はあるタイプだと感じていましたが、特に徳永さんの影響で芽が出たうちの1人ではないでしょうか。山本さんが言われたように、工場への愛着が強いんでしょうね。工場を良くしたいという思いが行動に表れています。
山本:この休憩室「Nook Space」のリニューアルでも、部屋のレイアウトを任せたんです。冨田さんのセンスの良さと前向きな姿勢は以前から知っていましたからね。その中で、廃材置き場として利用していたスペースにモニターを設置して「ここで製造工程紹介の動画が見られたらいいね」という話になり、彼のモチベーションとセンスを活かして動画制作も取り組んでみようか、と。「もし何か必要なものがあれば、我々もサポートするから」と進めてきました。
生き生きとした雰囲気を工場全体へ広げていく
―東レ愛知工場メンバーには、どういった変化を感じますか?
山本:あくまで結果的に、そして私が勝手に呼んでいるだけですが(笑)、だんだんと「東レ愛知工場のアベンジャーズ」が出てきています。映画の「アベンジャーズ」のようにそれぞれが得意分野を持ち寄り、キーパーソンとして動き、能力を活かしながら集結しているようなイメージ。上下関係や年齢に関係なく、自由に話し合いながら改善を進められるチームになりました。
キーワードは「昨日よりも今日」。これは德永さんからも学んだことで、毎日何かしらの進歩があれば、改善は風化しないという考え方です。東レ愛知工場を変えるのはとにかく自分たち従業員であり、そのためには工場や職場のことを好きにならないと動き出せない。
ただ、我々も昔の自分を振り返れば、「会社や管理職がこの工場を変えてくれる」と、どこかで思っていたんですね。でも、工場の管理職たちは数年でローテーションすることもあり、我々がしっかりと自分たちの手で、この工場を働きやすい環境に改善していくことが重要。その観点で改善活動を進めると会社や工場に愛着も湧きますし、思い通りの職場になっていくと、やっぱり嬉しいものです。
秦:東レ愛知工場は80年以上の歴史があり、立地に恵まれた工場で、愛着を持っている人も多いほうだと感じます。東レグループ全体からすれば小規模な工場ですが、従業員同士が顔を合わせやすく、意思疎通がしやすいメリットもあります。
僕らとしても社外の展示会へ行くなど、外部から情報を仕入れる活動を始めたことで、社内にも良いアイデアが生まれるようになりました。それを見て「自分もやってみたい」という人が増えてきました。
山本:そうですね。最近は若手社員も、我々の活動に刺激を受けてくれたのか、自ら勉強を始め、チームに加わろうとする動きも出てきました。
冨田:確かに現場とのコミュニケーションが増え、毎月の改善提案でもハイレベルの意見が来るようになりました。工場全体の熱量も上がってきたと感じます。他部署や海外工場への支援、他工場への教育など、影響力も広がってきていますね。
他工場と比べて従業員数は少ないですが、端から端まで歩ける規模で、呼べばすぐに行き来できる距離や関係性を、さらなる「強み」にしたいですね。現場でトラブルがあっても、すぐに対応できる。アットホームな雰囲気があり、部署間の協力体制も強いですから。
―なぜ、みんな変わってきたのでしょうか?
冨田:やはり僕らが楽しそうにやっているからかもしれません。「やっちゃダメ」という空気が払拭され、「失敗してもいいから何でもやってみて」という雰囲気に変わった。チャレンジする風土が出来つつあるのが、自分だけでなく現場の人にも伝わっています。生き生きとした雰囲気が、工場全体に広がっているんです。その雰囲気を継続させながら、盛り上げていきたいですね。