ハイエンド釣竿に東レあり!釣りファンを魅了する軽くて強い釣竿の秘密
オフィス、家庭、街……実は、さまざまなところで使われている東レの“素材”をもっと知ってほしい。そんな想いから、さまざまな領域で東レのものづくりを支える「人」にフォーカスしながら、東レ“素材”の魅力を発信していく連載「こんなところに東レです+」。
今回、焦点を当てるのは、炭素繊維が使用された高級釣竿です。世間一般にはよくカーボンといわれるこの炭素繊維という素材、ご存知でしょうか?炭素繊維とは、合成繊維のひとつであるアクリル繊維を原料に、高温で焼くことで「軽い、硬い、強い」という特性を持つ、高機能な繊維です。東レが炭素繊維「トレカ」の商業生産を開始したのが1971年のこと。
スポーツ用品からはじまり航空機や自動車など幅広い分野で使われてきました。東レは、50年以上にわたって炭素繊維の研究・技術開発をつづけ、近年「強さと硬さの両立は難しい」といわれる炭素繊維の定説を覆したT1100GとM40Xを開発。多くの高級釣竿に使用され、釣り好きからも厚い信頼を得ています。
今回は、そんな炭素繊維「トレカ」の材料開発と販売に携わる、プリプレグ技術部の西村宜大、スポーツ材料事業部の祐谷郁宏、中屋裕亮、近藤柾也の4名が集合。炭素繊維が釣りファンを魅了する理由とは?釣竿の進化を支える炭素繊維・プリプレグの魅力や開発に込める思いについて伺います。
東レの炭素繊維「トレカ」と、その加工品プリプレグシートとは
―まずは、東レの炭素繊維「トレカ」とプリプレグについて教えてください。
祐谷郁宏(以下、祐谷(営業)):このボビンに巻かれた黒い糸が炭素繊維「トレカ」です。アクリル繊維を高温で処理することによって不純物を取り除き、炭素原子の含有率を90%以上まで高めたもの。1本の太い平らな糸に見えますが、実は数千本から数万本の細い糸の集合なんです。この糸を横に並べて平らにならし、それを樹脂で固めた薄いシートをプリプレグシートと呼びます。東レが製造した炭素繊維やプリプレグシートを国内外のメーカーがさらに加工することで製品が作られています。
―炭素繊維は、スポーツ用品や航空機、自動車などさまざまな場面で活用されていますが、特に釣竿に使用されていることで知られているそうですね。このシートがどのように釣竿に使われているのでしょうか。
西村宜大(以下、西村(技術)):実際に釣竿になるときは、プリプレグを斜めに巻いたり、横に巻いたりといろいろな角度・方向に積層して焼いて成形していきます。現在、高付加価値といわれる竿に使われているのが、従来の炭素繊維と比べて強さ(強度)と硬さ(弾性率)を高いレベルでバランスよく兼ね備えた「T1100G」と「M40X」です。釣竿に炭素繊維を採用することで、軽量化が期待できます。
東レでは炭素繊維をプリプレグに加工するだけでなく、使用する樹脂自体の開発も行っています。例えば、樹脂にNANOALLOY®*技術を適用することによって、釣竿の曲げ強度がアップし折れにくくなるという効果を発揮します。さらにプリプレグ自体の強度アップによって、釣竿の厚みを削ることができ細径化/軽量化にも繋がります。樹脂の開発も行っていることは、東レの強みだと思っています。
近藤柾也(以下、近藤(営業)):プリプレグは、糸の種類と樹脂の種類の掛け算が品種数になりますので現在のラインナップだけでも数百種類にもなります。その掛け合わせは無限で、釣り竿メーカーのニーズに合わせて開発・生産しています。
―東レが炭素繊維の商業生産を始めたのが1971年。釣竿へ使用されるようになったのもその頃だそうですね。それ以前は釣竿にどんな素材が使われていたのでしょうか。
祐谷(営業):炭素繊維が使われる前の釣竿はガラス繊維で作られることが主流でした。ガラス繊維は重いのが欠点。より軽くて、より丈夫な釣竿が求められるようになったことで、炭素繊維が使われるようになりました。
西村(技術):炭素繊維自体は、世の中にはかなり前からあったものです。東レは軽量化や省エネに効果をもたらす炭素繊維はいつか必ず収益につながるとの信念で粘り強く開発を続けました。
欧米の大手企業が撤退していくという逆風もありましたが、釣竿やゴルフクラブなどへの適用で需要拡大につなげることができたと聞いています。その後、炭素繊維の注目度は増し、ゴルフシャフトなどのスポーツ用品や航空機、自動車などにも使われるようになり、現代社会においてなくてはならない素材となりました。
―西村さんはかなりの釣り好きと伺いましたが、炭素繊維を使った釣竿はいつ頃から使っていましたか?
西村(技術):はい、世間一般で言われるいわゆる“釣りバカ”です(笑)。小学3年生頃から始めてかれこれ釣り歴35年。私が中学生くらいのときには、すでに炭素繊維を使った釣竿が存在していたと思います。もともと父が釣り好きで実家にもありました。しばらくして、東レで炭素繊維を作っていることを知って。「地元の愛媛にある会社で作っているんだ、すごいな」と感心したのを覚えています。
進化する釣竿のスペック、ニーズに応え続ける
―釣具メーカーや市場では、今どんなニーズが多いのですか?
西村(技術):ずっと求められている軽量化に加えて、最近では穂先の感度も求められています。竿を投げて海底に沈んだ時の瞬間がわかるように、先端を合金にすることで感度が上がるんですが、これをプリプレグでできたらいいなと考えています。
また、竿の曲がりをテーパーデザインといいますが、その好みも多様化しているようです。プリプレグの巻き方や使う材料によってテーパーデザインは変えられますが、各メーカーでその方法も多種多様に。これにもブームがあって、4~5年前は先が曲がるようなものが良かったり、今は全体がぐっと曲がるようなものが好まれたり。そのときのブームやニーズに合わせて開発していきたいと思っています。
―どんどん進化しているのですね。
西村(技術):そうですね。今年フィッシングショーで各社から発表された竿を見ると、同じ魚種の竿でも先調子のものや胴調子のものなどさまざまでしたし、実際に私が使っている竿も4~5年前では考えられないくらい感度が良くなっています。
10年前の竿も持っていますが、重さもかなり違います。当時は200gくらいが一般的でしたが、今は100g前半が一般的。これも、T1100GやM40Xの誕生により、ここまで軽量化しながら強度を保てているんだと思います。
―海外での釣竿に対するニーズはどんな感じですか?
中屋裕亮(以下、中屋(営業)):ちょうど先日までの1ヶ月間、中国に滞在して釣竿メーカーを回って話を聞いてきたところです。中国でも釣りはメジャーで、山東省や上海近郊に釣竿メーカーが集積しています。
中国は日本とはまた違う釣り文化があって、リールを使わず釣ることが多いです。10m以上の釣竿でかなり大きな魚を狙うのも流行っています。そのため、釣竿の素材自体の強度と軽さ、硬さがないと、そもそも⻑い竿で大きな魚は釣れないので、炭素繊維を使った釣竿は重宝されているようです。
そういう意味では、最先端の開発をしている日本のメーカーの注目度も高い。私も東レの最先端の素材を持って海外メーカーに売り込んでいくということをしています。
祐谷(営業):それでもやっぱり日本が一番高い竿を受け入れられる市場ですね。釣りマニアが多い印象です。
西村(技術):そうですね。海も川も池もいろいろな釣りの種類があるのも日本ならでは。それだけ他の国・地域に比べて釣竿自体も多種多様で、開発も進んでいると思います。
―釣竿の進化は、釣りファンから見るとどんな楽しみにつながっていますか?
西村(技術):竿を投げて浮きを待つ釣りもありますが、ブラックバスのようなルアー釣りはずっと投げ続けるんです。1日で少なくとも100回以上は投げています。投げたときに軽くて振り抜きがいいとそれだけで楽しい。投げて楽しい竿というのは1つの基準かもしれません。ただ軽いだけじゃなくて、「あれ、なんか全然違う、すごい楽しい」っていう。
高い釣竿を買う人は、ほとんどが投げて楽しい、気持ちがいいっていうのを求めているんじゃないかな。それを叶えてくれるのが、この炭素繊維のT1100GやM40Xだと思っています。
近藤(営業):より軽く、より強く、粘り強い竿を求めて開発していくというのが、基本的な釣竿メーカーのスタンス。それに応えられるように素材メーカーとして何ができるかをいつも考えて釣竿メーカーの方々と接しています。糸と樹脂の組み合わせで新しい製品がどんどん出てくるので、釣竿メーカーからはやはり引き続きもっと軽くて強い、もっと高性能な材料を作ってほしいという開発要望を受けますし、それに応え続けていきたいと思っています。
西村(技術):釣竿メーカーの要望レベルが高くて正直ついていくのが精一杯のところもありますが、求められるスペックが高い分、技術ももっとどんどん進化していかなきゃいけないなと、ここ1年、2年で感じています。炭素繊維の糸というのはよく見ると1本1本糸幅が違うんです。それをプリプレグシートにする際、隙間がないように均一に作るには案外高い技術力が求められます。その技術も東レの炭素繊維事業の強み。常に、他社には真似できない領域のところを目指しています。
いまのプリプレグシートをより薄く、より均一に作ることで、ゴルフシャフトや釣竿が軽量化されてさらに強度が上がる。今後釣竿メーカーのニーズに応えながら、進化を続けていきたいと思っています。
さらなる高みを目指してT1200・M46Xを開発中
―今でもかなりハイスペックな炭素繊維とプリプレグシートですが、さらなる高みをめざした商品も開発中だそうですね。
西村(技術):現在は、より進化したT1200とM46Xの開発に取り組んでいる状況ですが、釣りファンの一人としても非常に興味があります。M46Xで作ったプリプレグを使った竿を早く使ってみたいですね。
―これまでの炭素繊維からどう進化するのでしょうか?
中屋(営業):炭素繊維の硬さと脆さは反比例にありますが、T1100GやM40Xはそこを両立させた糸です。M40Xよりもさらに硬さを追求し、強度と両立させたのがM46Xです。これまでの市場にはないレベルのもの。釣竿の可能性がどんどん広がっていく夢のような素材ではないでしょうか。
西村(技術):以前、フィッシングショーで釣りファンの方に「東レのM40Xのプリプレグがなかったらこの竿は作れなかった」とおっしゃっていただいたんです。開発冥利に尽きますよね。次のM46Xもみなさん注目しているのではと思います。釣り好きもワクワクするような竿ができるんじゃないかなと期待しています。
―すでに業界シェアNO.1といわれている東レの炭素繊維ですが、さらに上を目指すモチベーションはどこから生まれるのでしょう。
西村(技術):競合他社もT1100Gと同じようなスペックのものは持っています。東レの強みは開発や研究に投資をして、その場に満足せずどんどん新しいものを作っていくというところ。他社の追随を許さないような材料をもっと作れると思うんです。
科学的に目新しいものを求めるのではなく社会をより豊かにするために課題を極限まで掘り下げていく姿勢、まさに「極限追求」です。満足はしないと思います、どこまで行っても。それが東レの強みであり、モチベーションにもつながっていると思います。
―最後にみなさんが思う、東レの魅力、強みを教えてください。
祐谷(営業):今の開発の最先端を走っているところはもちろん東レの魅力であり強みであると思います。その反面、中国メーカーなどもどんどん技術を上げて追いついてきている状態で、その場に留まっていてはどんどんシェアを奪われてしまう。負けないためにはどんどん東レも開発を突き詰めていくしかない苦しさもあると思っています。開発だけでなく、営業としても顧客1人1人への個別サポートには力を入れています。現地に赴き、1社1社の課題や要望に丁寧に寄り添うコミュニケーションも東レの魅力だと思います。
中屋(営業):スポーツだけではなく、さまざまな用途を広げている点はひとつ強みだと感じます。他の用途もあることで、各所で得た技術や知見を行き来させることができる。応用したり、視点が広がったりと開発面でもメリットになっています。
近藤(営業):もうひとつは品種のラインアップの多さ。釣竿の設計に関しても組み合わせ次第で釣竿メーカーが求めるスペックを叶えることができますし、かゆいところに手が届くようなラインアップなのは大きな強みだと思います。その反面、品種が多く在庫管理が大変という面は、私が毎日の業務で苦しんでいる部分でもあります(笑)。
あとはやはり営業としては、サポート体制が整っていることは大きいと感じます。技術的な課題も技術の方とチームになって進められる点は、営業としてはもちろんですが釣竿メーカーにとってもいい環境だと思っています。
西村(技術):ここに集まっている営業のみんなが頑張って釣竿メーカーの情報を吸い上げてくれるおかげで、タイムリーにしっかりと要望に応えることができている。これもみんながワンチームで動けているからこそだと思います。古くからの東レのやり方もありますが、DXやAIなど新しいことも取り入れる柔軟な姿勢も持ち合わせているところが東レの魅力。だからこそ、常に進化し続けていけるのかもしれません。
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