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【魔改造の夜】缶蹴り × 素材魂 = 超進化|飛ばせ30m! 「恐竜ちゃん缶蹴り」 で発揮された “東レの強み”

「子どものおもちゃ」や「日常使用の家電」がエンジニアたちの手によりモンスターへと改造される技術開発エンタメ番組「魔改造の夜」。生贄である「恐竜ちゃん」に挑んだ東レのエンジニア18人。その中心に立ち、チームをとりまとめたリーダーの平川、サブリーダーの中尾、そして、彼らをメンターとしてサポートした船越に話を聞いた。18人のエンジニアが経験した葛藤、奮闘、挑戦の日々とは––。

※本記事は、特設サイトからの転載記事です。


「魔改造の夜」挑戦を決めた理由

―それぞれの担当業務と、今回の挑戦を決めた理由を教えてください。

リーダーの平川萌香。2008年入社。繊維の口金設計開発を担当。

平川 私は、繊維を作る装置のキー技術となる「口金」設計開発を担当しています。簡単に言うと、シャワーヘッドのようなイメージですね。シャワーから出る水を糸に置き換えると、繊維が出てくる部分のことです。衣料や産業、医療用途など多種多用な繊維に合わせて設計開発を行っています。

「魔改造の夜」は見ている分には楽しく面白い番組だと思っていましたが、実際に参加すると大変だろうなぁ、という印象はありました。参加者を募るアンケートが来た時も、楽しさと大変さが半々くらいの気持ちでした。

ただ、普段の業務では口金という装置の一部を担当しており、製造プロセス全体を担当しているわけではないので、参加すれば通常の業務では経験できない幅広い挑戦ができると感じていて、メンバーと協力して最後まで形にできれば大きな達成感が得られると思い、参加を決めました。

サブリーダーの中尾亮太。2016年入社。炭素繊維複合材料の成形工程の装置開発を担当。

中尾 私の担当は炭素繊維複合材料の成形工程に関わる装置技術の開発です。炭素繊維は自動車や航空機、ロケットなどの構造材として使用されています。糸の状態から始まり、それを樹脂と合わせて鉄筋コンクリートのような強固な材料にする工程で、樹脂と繊維をどのように合わせて成形するか、という技術開発に取り組んでいます。

「魔改造の夜」は「そんなテレビ番組があるんだ」くらいの認識でしたが、実際に話を聞いて見てみたら興味を惹かれましたね。

メンターの船越祥二。2000年入社。繊維、炭素繊維のプロセス、装置開発。革新複合紡糸技術「NANODESIGN ®」にも携わる。

船越 私の担当は繊維、炭素繊維のプロセスと装置開発になります。平川さんが開発している口金を含めて、繊維を糸状に成形して、不織布やボビンに巻き取る一連の製造プロセスの開発を担当しています。約10人のチームを率いており、平川さんもメンバーのひとりですね。

「魔改造の夜」は、実は社外の同年代の知り合いがリーダーとして参加したことがあり、番組の内容を理解していたので、自分も参加したいという気持ちがありました。ただ、自分自身がリーダーとして参加するかどうかは迷いがありました。若手にとっても良い機会ですから、私はメンターのような立場でも構わないと考えました。このお祭りのようなイベントで新しい経験を積みたい思いが強かったですね。

平川リーダーを中心に若いメンバーが機能するようなチームに

生贄発表後の様子。恐竜ちゃんチーム、もう一つのチームを合わせて38名のエンジニアが挑んだ。

―みなさんはチームで、どういった役割を担いましたか?

平川 今回は「恐竜ちゃん缶蹴りチーム」のリーダーを務めました。リーダーを打診されたとき、装置を最終形態まで持っていけるか不安があったので、即答はできませんでした。

でも、メンバーが固まるまでの約1ヶ月の間に、だんだんと「リーダーをやりたい」という気持ちが芽生えていって、サブリーダーのようなサポート役がいてくれるならと決断することにしました。普段は少人数のチームで、お互いの仕事内容も理解しているメンバーで仕事をすることが多く、「魔改造の夜」はそこから一歩踏み出して、ステップアップする挑戦の場にできるかもしれない、と考えたんです。将来的により大きなチームの運営につながる良い機会と思いました。

中尾 私はサブリーダーとして、平川さんのサポートに徹しました。実際の製作過程では、各々のメンバーが設計した機構を本番用の機体にまとめる役割でした。「魔改造の夜」で競技としてものづくりに参加できるのは楽しそうでしたが、私自身には人をまとめる役割は苦手と感じていました。能力がしっかりとある人がリーダーを務めるのが、チーム全体にとってもベストだと考えていましたし、今回はサブリーダーという立場だからこその見えるものもあり良い経験ができました。

船越 メンターとしての私の役割は、リーダーの相談役など、若いメンバーが中心のチームがうまく機能するようサポートすることでした。平川さんは今回のリーダー経験を活かして「成長したい」という強い意欲を感じましたから、それを後押しできたらいいなと。

―今回のメンバー構成はどのように決めましたか?

船越 「恐竜ちゃん缶蹴り」は単に缶を蹴るだけでなく、最初に10m歩かなければいけないというレギュレーションがあり、そこが鍵となりました。そこで歩行機構、缶蹴り、制御という大きく3つのチームに分け、そこからは流動的に担当が決まっていった形です。

平川 この3人と、歩行機構、缶蹴り、制御、CAE※といったメンバーが合計15人、それにアドバイザーやサポートの3名に関わっていただきました。チーム編成については、普段の担当業務から、それぞれの機能を実現することを得意としていそうな人を選び、あとは個々の人間関係も見ながら、メンターと相談しながら決めていきました。

※Computer Aided Engineering、コンピュータを用いたシミュレーションや解析

船越 社内にもいろいろなタイプの人がいます。ひたすら進んで疲れ知らずにやる人、集中力はあるけれど疲れやすい人、全体を俯瞰して先を見通せる人…個々の「馬が合う」という要素も見ながら、適材適所を心がけました。

中尾 チームとしては、朝からミーティングをほぼ毎日実施しましたね。ちゃんと人の顔を見て、その日の進捗と目標を確認しあえたことで、全員の方向性を合わせることができたんじゃないかと感じています。

そもそも缶を蹴って30m飛ぶの?からはじまった挑戦

―改造対象の「生贄」が発表されたときの率直な感想は?

平川 「缶蹴り」がお題だとわかったとき、あまりにも「恐竜ちゃん」本体が小さかったので、「これで30mを飛ばすのはとても厳しいぞ」と正直思いましたね。どこまで「恐竜ちゃん」の形を残して改造できるのか、どのくらいの強度が必要なのか、そういうところを真っ先に考えました。

中尾 「そもそも缶を蹴って30m飛ぶの?」って思いましたね(笑)。缶蹴り自体は普通に遊びとしてありますけど、そんなに飛ぶイメージが浮かばなくて。

だから、最初は「手段はどうあれ缶を30メートル飛ばしてみよう」と人間が蹴ってみたり、家からゴルフクラブを持ってきて試しました。でも、全然飛ばなくて…

平川 とはいえ、光明はありました。発表から数日のうちに、CAEのメンバーが「どういったエネルギーが加われば空き缶が飛ぶのか」というシミュレーション結果を見せてくれたんです。その結果から、理論上は缶を30m飛ばすことは可能だ、と。それがわかれば、後はいかに作るか。魔改造を始めたばかりの早い段階でその思考になれたのはプラスでした。

そんな中、テニス部のメンバーがいて、テニスラケットを使うのが一番飛ぶことが分かりました。テニスラケット、つまりは繊維を用いたストリング(ガット)との接触が最も飛ぶ、というのを初めて見たときに「これなら私たちで作れるかも」と可能性が見えた。繊維なら、まさに東レの出番ですからね。そこで少し自信がついたような気がします。

恐竜ちゃんの内部。躯体の大半が木でできている。中心部には御神木も。

船越 我々は他チームに勝ることよりも「缶を30m飛ばすこと」にこだわりました。平川さんがリーダーとして掲げた「絶対に30m飛ばして、会場の壁まで到達させる」という目標を達成しようと。テニスラケットでいろいろな打ち方を試し、一定のイメージが掴めたところで、メンバー全員の士気が大きく高まりました。あの瞬間が、今回の結果を導いたポイントだったと思いますね。

平川 ただ、実際はなかなか記録が伸びなくて…。まず「20mの壁」がありました。それを超えてからも、25mを超えるのにまた壁があり、30mになかなか届かない時期も…。でも、魔改造が後半になるにつれて、30m飛ぶのは「時間の問題だろう」とも感じていました。

後半は、みんなの体力と根性の戦いになっていきましたね。そんななかでもみんな粘り強くて。諦めている人はいませんでした。チーム全員が目標から全くブレていなかったのは、結果にも大きく寄与したと思います。

バネを4人がかりでかける。一本80キロほどの力があるので危険と隣り合わせの作業。

中尾 缶蹴りはバネの力を使ったのですが、一本で80キロの重さを引っ張る力のバネを、3本かける構造なので、1回蹴らせるだけでもかなり疲れるんです。単純な微調整だとしても大変だったので、本当に体力と根性の勝負でした。みんなの筋肉痛も日に日にすごくなっていきましたけれど、それにも耐えてくれて。僕も学生時代ぶりに徹夜しました。かつて「学生フォーミュラ」というレーシングカーを自作する競技をやっていたのですが、あの時みたいな熱中ぶりだったとはいえ、体力や集中力の切れ具合に月日の流れを感じてしまいました(笑)。

船越 そうして徹夜も辞さずに魔改造をし続けても、「一歩進んで二歩下がる」を繰り返しましたね。翌日の12時に魔改造の締め切り日時が迫っても、なかなか30mまで飛ばない。締切当日の朝6時までギリギリの調整をしました。体力の限界が来ているけど、まだ時間もわずかに残っている状況で、迷いながらもリーダーが「3時間の休憩しよう」と決断してくれて。

完成した恐竜ちゃんの魔改造「ユウカンザウルス」。優しく缶を蹴る、勇敢、You canから命名された。

平川 そうでしたね。そして、その後、朝9時に再開した一発目に初めて30mの記録を出せたんです。あのときは本当にうれしかったです。
出来上がった私たちの「恐竜ちゃん」は、実は「魔改造の夜」への参戦史上、最も多くの木材を使ったものになりました。これまでの魔改造では、本体をアルミにするなど金属を使用することが多かったのですが、私たちは蹴り足に多くの予算を割くためにあえて木材を選びました。

素材を作るメーカーとして、「マシン=金属」という固定観念にとらわれることなく、細部までカーボン、木材、竹、ゴムといった材料を見極めて選定できたことは、東レのエンジニアが持つ強みが発揮されたと言ってもいいのではないでしょうか。

本番でのまさかのトラブル。チーム一丸で乗り越え、挑んだ第二試技

「ユウカンザウルス」には、ゆうことかんたがいる。

―しかし、本番の試技で予期せぬトラブルが起きてしまったそうですね……。

平川 思い描いていたストーリーとしては、第一試技で空き缶を蹴った時の軌道を見て、恐竜ちゃんの歩行の制御方法や蹴り足を調整し、第二試技で30m先の壁へ到達させる計画でした。魔改造の期間に500回以上は缶を蹴っていたので、第一試技の空き缶の軌道を見れば、調整すべき空き缶の配置と蹴り足角度はわかっていました。それが本番の第一試技の際には、撮影用の照明の影響なのか、センサーが誤検知したせいでコース途中の壁を蹴ってしまい、足が折れてしまう事態になって…。

そのときばかりは「なぜ、こんなことが起こるのか」と目の前が暗くなりかけましたが、パッと周囲を見たら、メンバーの誰一人諦めていなくて、もう次のことしか見ていなかったです。チームメンバーから「第二試技までの10分間はこういう配分で動こう」と前向きな意見ばかりをくれたので、マイナス思考になる時間はかなり短かったですね。

中尾 「予算ギリギリだったけれど、予備の蹴り足を作ることにしていてよかった!」という感じでしたね。予算的にも時間的にも難しい中で、我々のさらに上司に当たるアドバイザーに無理を言って加工をお願いして用意したものだったんです。それがあったから第二試技に挑めました。

制御の要となる制御盤。

船越 メンターの立場としては「缶が蹴れずに記録なし」というのは、メンバーのためにも絶対に避けたい事態でしたからね。ただ、第一試技の不具合で他にも壊れているところがあるかもしれないし、原因も正確には分からない。私としては、本当に10分間で解明できるのか…と内心は不安でいっぱいでした(笑)。

平川 制御チームに「何が原因か分かる?」と聞いてみたら、起きうるトラブルと対処法が頭に入っていたようで、「リスト通りのチェックを10分以内にやれば直せます」と答えが返ってきて、頼もしかったです。

ただ、第二試技でも結果としては実力の80%くらいまでしか出せていなくて。30mを飛ばす能力のある恐竜ちゃんの真価を見せられなかったことに、メンバー全員が悔しがっていました…。

―このプロジェクトを振り返って、どのような学びがありましたか?

中尾 魔改造の期間の1ヶ月半にわたって、東レはこのプロジェクトに専念させてくれました。普段の開発でも社員に投資をしてくれているのだな、という認識が深まりましたね。

技術的には、木材を使うことの新たな知見を得ました。汎用性が高く、その場で加工もできて、意外に強い。ものづくりの楽しさも改めて感じましたね。

平川 今回の魔改造は短期間の勝負となりますので、1日の遅れが本当に大きく響いてしまいます。実は、締め切りの4日前に蹴り足が折れてしまった時、足の材料が無いという事態が起きました。そこで、メンバーの一人が前日の夜遅くに、当社の他工場に出向き、次の日の朝一番に材料を切り出し、その日の昼までに材料を確保できたことがありました。メンバー間はもちろんですが、会社としてのフットワークの軽さや協力してくれる社員のありがたさ、期日を守るために様々なパターンを持って動くことの大切さを学びました。
それから、余った材料から加工して創意工夫するメンバーの姿に、私も同じように動けるようになろうと思いました。今後、海外工場へ出張に行った時に道具や材料が不足する場合などにも、現地、現場にあるものを調達して柔軟に考えるといった姿勢に、きっと生かされるはずです。

中尾 プロジェクトを通じての変化で言えば、間違いなく、始まる前後で平川リーダーはズバズバと物を言うようになりました(笑)。「魔改造の夜」に参加していない社員も同じように感じたそうです。

平川 えっ、本当ですか…?(笑)。それはこのプロジェクトで、きちんと口に出して伝えることの大切さを学んだからでしょう。言わないと伝わらないなと痛感しました。

船越 メンターで上司でもある私から見ても、平川さんの発言は確かに変わってきましたし、自信を持って発言するようになりました。中尾さんも、もともと優秀なエンジニアなので、その力を十分に発揮してくれたと思います。彼は自分をアピールするのではなく、作品そのものをアピールすることにこだわっていて、それはすごく良い考えだなと思いました。きっと普段の仕事にも表れてくる姿勢だろうと感じますね。

「魔改造の夜」を通じて、東レのエンジニアリング開発センターの持つ技術や人材が、他社と比べても引けを取らないという自信を得ました。この経験を活かして、社内外により積極的に発信していきたいですね。

文:長谷川賢人
写真:上野裕二
編集:花沢亜衣

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